甲府地方裁判所 昭和27年(ワ)80号 判決
原告 赤尾軍治
被告 日本通運株式会社
一、主 文
被告会社は原告に対し金十五万七千六百七十五円及び之に対する昭和二十七年五月十三日以降完済迄年六分の割合に依る金員の支払をせよ。
原告其の余の請求を棄却する。
訴訟費用は之を三分しその一を被告会社、その余を原告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金額五万円の担保を供託するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告会社は原告に対し、金四十四万八千八百円及びこれに対する昭和二十六年十二月一日以降完済迄年六分の割合に依る金員の支払をせよ。訴訟費用は被告会社の負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として原告は昭和二十六年九月二十日頃被告会社甲府支店との間に原告所有の粉末右鹸八十八箱(一箱百七十袋入一袋の単価金三十円)代金四十四万八千八百円を発駅中央線甲府駅着駅東北本線伊達駅とする運送取扱契約を結び、被告会社は同会社福島支店伊達営業所において右物品を荷受人である原告に引渡すべきことを約した。そこで原告はその頃右物品を被告会社甲府支店に引渡し右物品は同月末頃伊達駅に到着した。しかるに被告会社福島支店伊達営業所は同年九月末日頃及び同年十二月二日頃の二回にわたり右物品全部を荷受人でない第三者に引渡してしまい、原告に対する引渡を不可能にし、右物品の価格に相当する損害を蒙らしめた。仍て原告は被告に対し右債務の不履行に因る損害の賠償として、金四十四万八千八百円並びに之に対する昭和二十六年十二月一日以降完済迄商法所定年六分の割合に依る遅延損害金の支払を求めると陳述し被告の主張事実を否認し、原告は訴外三橋周明に対し残品五十三箱受領の権限を委任したことはあるが、その後右委任を解除し同年十一月二十三日伊達営業所に対し、右解任の事実を通知しているのであつて、同営業所は右通知に接したにも拘らず同訴外人に引渡をしたのであるからその引渡を以て原告に対抗し得ないと述べた。<立証省略>
被告会社訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、昭和二十六年九月二十二日原告と被告会社甲府支店との間に物品の価格並びに一箱の袋数の点を除き、原告主張のような内容の運送取扱契約が結ばれ、同日その物品の引渡を受け、且つ同月二十七日右物品が被告会社福島支店伊達営業所に到着した事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告会社福島支店伊達営業所は右契約に従い荷物八十八個を保管中、同年九月末頃赤尾化学工業株式会社赤尾軍治という名刺を所持した者から前掲運送品の発駅、品名個数重量等を明示してその引渡を求められたが、同日は運賃及諸掛費を持参しなかつたので、その引渡をしなかつたところ、更に十月二日頃同人の指図に依り運送品八十八個の内、三十五箱を福島市仲間町森山商店方店頭において同商店に引渡し、その運賃及諸掛費計一万四百六十円を受領した。而して同年十一月二日頃原告は被告会社福島支店伊達営業所に至り残品五十三箱の存在を認め右物品は原告の捺印ある書面を持参した者に引渡され度き旨を依頼し、その旨を記載した名刺を同営業所に交付した。次て同年十二月一日原告の捺印ある委任状を所持する訴外三橋周明から残品引渡の申出があつたので、同営業所は甲府支店から原告に交付してある、鉄道小口扱貨物通知書(鉄道甲片)及さきに渡した三十五箱を含めた計八十八箱の受取書と引き換に残品五十三箱の引渡をしたのである。仮に十月二日に引渡した三十五箱が原告自身に手交せられなかつたとしても、その後十一月二日原告は伊達営業所において、右三十五箱引渡の事実を承認し、残部五十三箱の存在を認め、その引渡の指図をしており、尚被告会社は原告から訴外三橋周明の代理委任解除の通知を受けたこともない。従て被告会社福島支店伊達営業所は運送品全部を原告及びその代理人に引渡したものであつて原告主張のような義務違背はないから、本訴請求には応じられないと陳述した。<立証省略>
三、理 由
昭和二十六年九月二十日頃原告と被告会社甲府支店との間に、原告所有の粉末石鹸八十八箱につき、原告主張のような内容の運送取扱契約が結ばれ、同日その引渡があり、同年九月二十七日頃右物品が引渡場所である被告会社福島支店伊達営業所に到着した事実は当事者間に争がない。而して証人八巻粛雄同内藤啓吾並びに原告本人の各供述に依ると右物品は粉末石鹸一箱百七十袋入のもの八十八箱であつて、被告会社福島支店伊達営業所においては、右物品の内三十五箱を受取人である原告以外の訴外藤沢某に引渡をしている事実が認められ、他に反対の証拠はない。そこで此の点に関する被告会社の主張について考えてみるに、成立に争のない乙第一号証、証人高橋藤吉、同小野英助並びに同阿部新吉の各供述を綜合すると被告会社福島支店伊達営業所においては、右荷物の到着後之を保管している内同年九月末日頃同営業所小口扱到着係小野英助に対し、原告と称する者が原告の名刺を呈示して右荷物の内三十五箱の引渡を求めたので同係員はその者が小口扱貨物通知書(所謂鉄道甲片)は所持しなかつたけれども、従来の慣行に従い発駅品目数量荷主等を質問したところ、実際と一致していたので之を原告と認め、同人の指図に従い、同年十月二日頃訴外森山商店に内三十五箱の引渡を為したもので、その後真実の原告が現れるに及んで右は荷受人以外の者に引渡をしたものであることが判明したものである事実を認めることができる。しかしながら運送取扱人若はその使用人は善良なる管理者の注意義務を以て常に委託者の利益に注意しなければならないのであるから、右認定のように単に一片の名刺を所持し、且つ、質問の事項が実際と一致していたということだけを以て輙く荷受人本人と断定し、運送品の引渡を為す如きは、たとえそのようなことが慣行とされていたとしても、必しも前掲注意義務を尽したものと為すことはできない。もつとも所謂鉄道甲片なるものは貨物引換証と異つて単に日本国有鉄道が運送取扱人に対し運送品の積込を為した旨を通知する書面に過ぎないものではあるけれども、運送取扱人は鉄道甲片と引換に運送品の引渡を為すを通例としていることは、前掲各証人の供述に依ても明かであるから運送取扱人が右甲片を荷送人に交付するのは、右書面の所持人を以て荷受人と推定せんとする趣意の下に之を為すものと解するを相当とする。それならば右鉄道甲片と引換えずに運送品の引渡をした事実を以て直ちに過失なりと為すことはできないとしても之を所持せずして運送品の引渡を求められた場合においては荷受人と面識ある場合は格別そうでない場合には第三者をして、その本人であることを証明させるか、若は本人の捺印ある受領証の交付を求める等荷受人の同一性を認識する為、万全の措置を採るべきであつて、斯のような措置を採ることなく単にその者の言を信用して漫然引渡をした前掲小野英助の所為は到底過失が無いと断定することはできない。
尚被告会社は仮に右三十五箱の荷物が原告以外の者に引渡されたとしても、原告は同年十一月二日伊達営業所に至り、右引渡の事実を異議なく承認したと主張するけれども、この点に関する証人高橋藤吉、同小林英助の各供述は証人内藤啓吾並びに原告本人の各供述と対比して輙く措信することができない。もつとも成立に争のない乙第四号証並びに同第五号証に依ると、昭和二十六年十二月一日附を以て、原告の代理人三橋周明が被告会社に対し、右三十五箱をも含め、計八十八箱の荷物を受取つた旨の貨物受取証を差入れている事実は認められるが、証人八巻粛雄の供述に依ると右は被告会社の要求に依り、右三橋周明の使者である八巻粛雄が差入れたものに過ぎないことが認められるから、同号証に依ても未だ右主張事実を肯認するには足りないし、他に之を認め得る証拠はない。従て右被告会社の主張は採用しない。
それならば、被告会社は粉末石鹸三十五箱の引渡不能に因り、真荷受人である原告が蒙つた損害を賠償すべき義務を負はなければならない。
次に残余五十三箱に関する原告の主張について判断するに、被告会社福島支店伊達営業所においては同年十二月二日頃その保管にかかる原告委託の運送品五十三箱を訴外三橋周明に引渡をしている事実は、被告会社の認めるところであるが、成立に争のない乙第二号証乃至同第五号証証人八巻粛雄、同高橋藤吉、同小野英助並びに同阿部新吉の各供述を綜合すると、原告は昭和二十六年十一月初頃、前掲伊達営業所に赴き残品五十三箱の存在を確めたうえ右荷物は原告の認印ある書面を持参した者に限り引渡すべきことを依頼し、次で同年十二月二日頃原告の署名捺印ある代理委任状及び鉄道甲片を所持する訴外三橋周明が、同営業所に到り右五十三箱の引渡方を求めたので、同営業所においては更に右荷物の領収証を徴したうえ、之を右三橋の使者八巻粛雄に引渡したものであることが認められ他に反対の証拠はない。原告は右三橋周明に対する荷物受領の代理権を解任し同被告会社に対しては、その旨の通知をしていると主張し、証人内藤啓吾及原告本人は同年十一月中郵便ハガキを以て同営業所宛右通知を発した旨供述しているけれども、右通知が同営業所に到達した事実を認め得る証拠はなく、むしろ証人阿部新吉、同高橋藤吉の供述に依ると同営業所においては右のような通知に接した事実のないことが認められる。それならば代理権消滅の不知につき被告会社の過失が主張立証せられない本件においては、三橋周明に対する代理人の解任を以て被告会社に対抗することはできないから、前掲代理人に対する運送品の引渡は本人である原告に対して、その効力を生ずることとなり、被告会社においては何等契約違背の責を負うべきものではなく、従て原告の本主張は排斥を免れない。
最後に被告会社が賠償すべき金額について考えてみるに、証人窪田盛作の供述に依ると本件粉末石鹸一袋の昭和二十六年九月当時における卸価格は金二十六円五十銭であることが認められ反証はないから、一箱百七十袋入三十五箱の価格は計数上合計金十五万七千六百七十五円となり、被告会社は原告に対し、右金額の賠償をしなければならないこととなる。而して債務不履行に因る損害賠償債務はその履行の請求を受けたときから、遅滞に付せられるのであつて、本件においては本訴提起以前において被告会社がその請求を受けた事実は認められないから、被告会社は原告に対し、右金十五万七千六百七十五円及び之に対する本件訴状が被告会社に到達した日の翌日であること記録上明かな昭和二十七年五月十三日以降完済迄商法所定年六分の割合に依る遅延損害金を支払はなければならない。
仍て原告の本訴請求は右の限度においてのみ正当として認容し、その余を失当として排斥せられるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山孝)